2017年5月23日火曜日

『直射月光』のライブ動画が公開されたタイミングで、自分なりに 空白の時間のこと を初めてちゃんと書いてみようと、思いました。

※ごく 個人的な目線 の文章ですので、ご容赦下さい。

まるで 他人ごと のような書き方になりますが、約半年くらい前、マシリトの昔のオフィシャルサイト(現在は閉鎖中)を眺めていたら、公には『ライブ活動休止中』となっていました。

何度断わっても「やりましょうよ」と最後の最後まで食い下がってくれたのは、ドラムスの石川大輔くんです。めっちゃしつこかった。

ベースの川くんは自分の中学時代からの幼なじみですから「印藤がイイならイイんじゃん」と、相変わらずそういう(ずるい)スタンスでいてくれたようです。

それ以前に、何度も何度も「そろそろどうかな」と、色んな形で伝えてくれた 仲間たち も数え切れないほどいました。その都度、断る理由の、バリエーションが増える一方で、上の空か、生返事を重ねている自分もいたと思います。

時には、酒の席で掴み合いの喧嘩に発展してしまいそうなこともありました。その時は何故、皆がマシリトだけに執着するのか、自分にはわかりませんでした。すごく惨めで、悔しかったです。

そもそも、何故、8年前にライブ活動を止めたのか、本当の意味で知っている人は少ないと思いますし、未だ、それを誰かにうまく言えた試しはないです。

そんな中、深く理由を聞かないでいてくれて、時間が経って、少しずつ、違う言葉や、アプローチで「そろそろどうだい?」と、言い続けてくれた 人々のことを想うと、目も合わせられないくらい、恥ずかしいです。

美談ではなく、その手を振り払い続けてきたわけですから。今も複雑な気持ちが無い、と言ったら嘘になります。

逆に、自分は誰かの為に、8年間も背中を押し続けたり、励まし続けることなんて出来ないと思いました。

(ライブの話に戻ります)

正確には、去年11月に稲毛K's dreamにて『ファンタジーの住人』という名義で、3人でステージに立ちました。最もお世話になったライブハウスの周年記念、毎年頂くオファーを断るのは 後ろめたさの限界 が来ました。共演には、かつてのレーベルメイト、nilescapeやZIONG HEAD等、仲間がたくさんいました。

この日、元・群馬SUNBURSTのオーナー、ヒゲくんが出演オファーを直談判しに来ました。その熱意に負け、今年の2月に高崎でライブを決定しました。

当初は稲毛と同様、別名義でのクレジットでしたが、ソールドアウトしたタイミングで改めて、ヒゲくんから電話を頂き『マシリト』名義で事実上、活動再開ライブを行うことになりました。

何より、このライブハウスの名前『SUNBURST』はマシリトの曲名から付けて頂いたものですから、本名で登場することで、自分たちがカッコつけられたのもそうですし、本当に、ヒゲくんの熱意と配慮に感謝しています。

そして、3月、恐らく自分の音楽人生で、最も付き合いが長く、最大のライバル『小手』のワンマンライブにオープニングアクトとして招いて貰いました。

話はやや前後しますが、元々、自分が16年間勤務した『新宿ANTIKNOCK』というライブハウスから、"従業員としての卒業"が決定後、その噂を聞きつけた小手のボーカル石川くんがお店に電話をかけてきました。

その時、初めて自分から「3人でスタジオに入ったよ」ということを伝えました。石川くんは「ふーん、いいこと聞いたわ」とだけ言って電話を切りました。その後、正式に彼らのワンマンO.Aのオファーを貰った、という流れです。

この日、三軒茶屋ヘヴンズドアで、ワタナベタカシさんに撮って頂いた映像
は、自分の音楽人生の中でも、極めて 稀な経験 を収めて頂いたモノだと痛感しています。

まるで、自分じゃないような、まるで、現世では繰り返せなかった夢のような、相変わらず、今でも、ずっと、そんな気持ちです。

この曲を選んだのも、同月に『KEEP AND WALK』から発売された限定コンピ
に収録して頂いたもので、去年末レーベルオーナー松尾くんに自分から「マシリトの新曲でお願いします」と直接、伝えたという経緯があります。

ライブ活動再開云々よりも、自分は先に音源で、お待たせしている皆さんに、示しをつけたいと思ったからです。

事実上、それは8年振りの新曲であり、歌詞は自身の独白そのものであり、それが『オフィシャルな最新映像』になるように、監督のワタナベさんを始め、HILLVALLEY STUDIOの松井お嬢、MudWheel Recordsヤマザキ社長、に協力して頂きました。奇跡のワンカメ、一発録りです。

例えば、遠く離れてしまった仲間や、病気や怪我等、その他、様々な事情でライブに来れない人たちにも "新曲でライブをする3人" を観て貰いたい、と考えました。

また、『ANTIKNOCK RECORDS』というシンボルは、同じくして、自分を何年間も励まし続けてくれた 関川社長 やスタッフたちのサポートにより実現しました、という意味合いもあります。

あんびるはるかさん がデザインしてくれたフライヤーが映るラストシーン、自分は、"再び、ANTIKNOCKのステージに立ちます"という、自分自身の 大袈裟な決意 です。

マシリトを全国区にしてくれた、真の恩人『MUSHAxKUSHA』と
自分が最も尊敬する音楽家『TERROR SQUAD』との
スリーマンライブです。

その先のことは 未定 です。

最後まで頷かなかった自分を蹴飛ばすのが、この日で最後になるでしょう。

自分ほど、ずるく、ひどく、臆病で、しみったれた人間は知りません。

歌うしかなかったこと、ずっと前から、周りにいてくれた皆さんは、知っていてくれたんだと、今、改めて、そう思います。

最後まで読んでくれて、ありがとうございました。

印藤勢 (マシリト/SEI WITH MASTER OF RAM)

2017年4月20日木曜日

どこにいたいか
だれといたいか
何が幸せなのか

実は意外と知らない自分もいる

たった一つだけ、条件を上げるとするならば
皆が笑い合う世界の方がいい

他人より多く、なんて人間のエゴだから
もちろん自分にもあります

だけど、他人ごとじゃない人たちのことを
「皆」と呼びます

その上で一人一人が、

どこにいたいか
だれといたいか
何が幸せなのか

音楽活動を通して学んでいるのかもしれません

ここ数日、自分も「皆」から教えて貰いました

ありがとう。

2017年4月12日水曜日

お知らせ

諸事情あって、こちらで日記の更新が出来なくなりました。

((そもそも読者は少ないと思いますが笑))

一応、お知らせになります。

理由は直接会った時にでもたずねてみて下さい。

2017年3月29日水曜日

・3/25土曜日

小手、ワンマン
@三軒茶屋ヘヴンズドア

遡ると、16年以上前になるだろうか
当時、まだまだパンクハードコアの聖地を
地でイッテた新宿にある
ANTIKNOCK
というライブハウスで我々は出会った

改装する、前の、前、まるで悪の巣窟を絵に描いたような地下室
自分がまだ働く前の話だ

いわゆる通常ブッキング、平日、お客さんは4人〜5人
対バンも自分たち含めて4バンドくらいだったんじゃないかな

ミクスチャーというジャンルが台頭し始めてた頃で、自分のようなマイナー調のメロディーを日本語で歌いながらメタリックなフレーズを刻むバンドは皆無だったと思う
(某店では「君たちはビジュアル系なの?」と言われたり、ブッキングして貰えないこともあった)

もちろん、小手も当時は現在とは少しかけ離れた、いわばミクスチャー寄りな音楽だったが、良い意味でどこかズレているというか、和がコンセプトにも関わらず、あのキャラクターだけが非常に印象的だった

同い年で、住んでる町も近く、お互い仲良くなるのに時間はかからなかった

現役で、その"当時の界隈"知っているのは、ヘルミッショネルズのミキヤくんや、現COCOBATのギター、世紀くらいのもんだろう
(彼は元々、GREATEFUL EARTHというトリオバンドでボーカルも務めていた
解散後ドラムの柴田はマシリトに加入、のちに脱退)

一緒にイベントもやった
一緒に音源も作った
一緒にツアーも行った

それこそ、小手の歌詞じゃないけど
お互い別々の道を選んだり
時々、気まずい時間、分かり合えないことも多かった

そんな彼らのワンマン

これ以上ないタイミングで
これ以上ないステージを用意してくれたと思う

また、縁とは不思議なものでこの日、三軒茶屋ヘヴンズドアのPAは矢野さん、という当時僕らがANTIKNOCKに出演していた頃の音響さんが担当してくれた

ありがとう、意外の言葉がない

自分もいつか返さなければならない

そのことだけ、忘れないようにBlogに記します

スッカスカの通常ブッキングには、夢がある

俺たちでも出来る

が、

俺たちにしか出来ないこと

に、変わる日まで。

https://youtu.be/Xs1_6esYjJA
・3/20月曜日

祝日だったから、あまり出掛けたくなかった

ことはすごく覚えている

最近、都心の週末は異常だと思う。

・3/21火曜日

一日中、雨

代々木で歯医者

西荻窪のリンキースタジオで

まーくんと二人で個人練に入る

フリして自分は25日の為に声出し

焼肉げんかや、でたらふく食べて

帰宅。

・3/22水曜日

鎖カフェにて、撮影チームのワタナベさん

ヤマザキくん、社長と打ち合わせ

流れで、赤坂→三軒茶屋へロケハン

三茶から下北沢まで社長と歩いて帰宅。

・3/23木曜日

午前中から市役所に行ったり

#1週間住み込みギグ で話題の

夕焼けロッカールームズと軽く対面

某配信会社と打ち合わせ

からの、ヒルバレーで25日の最終リハーサル。

・3/24金曜日

昼過ぎにディスクユニオン本社へ

ありがたいことに追加に次ぐ、追加納品

からの、

DRUM CHAMP ROAD外伝

とりあえずこの日で一旦お休み

優勝者はTHRHの深澤くん

ちょっと泣けた試合は

ゴロー vs 大地

2人とも花形選手ではなかったけれど

ずっとDCRに出続けてくれて

生真面目な印象がある二人の準決勝戦

色々あったけれど、本当にやり続けて良かった

と思う試合だった

まーくんと野方ホープを食べて帰宅

縁起でもないけれど

ジャイアンの声優さんが亡くなられた時の

スネ夫の声役の方の弔辞を

ずっとYouTubeで観ていた。

2017年3月20日月曜日

・3/16木曜日

昼間、歯医者に行き
その足で自転車をANTIKNOCKから回収

中野のディスクユニオンに挨拶
その足で千歳烏山のノケン宅まで

スーパーで具材を買い込み火鍋をした
音楽を聴きながらあれこれ話し込んだ。

・3/17金曜日

また朝から歯医者

マシリトのスタジオ
3/25@三茶の構想が完成
新曲にも少し触れた

1日に2回、新宿に行くとは思わなかった。

・3/18土曜日

誰にも会いたくなかった

一人で5時間くらいギターを弾いていた。

・3/19日曜日

アデルと海神ラーメンを食べ
公園を散歩、からのルノアールであれこれ

そのまま入れ違いでLANPAZIEとミーティング

彼らのボルテージが少しずつ上がっていくのを
肌で感じている

皆の助けが必要だ。

2017年3月15日水曜日

・3/15水曜日

昼過ぎからルノアールであちこちに連絡

たくさん電話をした1日でした

体調も少しずつ回復

3歩進んで2歩下がる

つまり1歩ずつ

それもバランス

それでいい。